永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

----------------------------------------------------------

不生の仏心を説く独自の不生禅で有名な盤珪はこうして誕生したのだが、かれのような止むに止まれぬ内心からの〈まことの疑い〉がなければそのような深いところからの根本的転換は起こらなかっただろう。

ただし、盤珪は「疑」を人工的・人為的に起こさせようとするアプローチには批判的で「今時の人、古人も疑ふたほどにとて、疑を生ずるは疑の真似なり。実の疑にあらず。故に実詣の日なし。失却せざるものを失ふたと思ひ、尋ね求るがごとし」と言っている。

あくまでも「実の疑」でなくてはならないということだ。

 

 曹洞宗ではどちらかと言えば「信」が強調されるせいか、あまりこのような「修行上有用な疑い」について語られることがないように思われる。

疑団の重要性についてもあまり強調されることがないように見える。

そのことがもし、われわれの修行を甘く、「はまりの浅い」ものにしているとするなら、よくよく考えてみなければならない問題ではないだろうか。

この論考はそのことをテーマにしたものではないので、これ以上は踏み込まないが、「疑」ということに触れた機会にその問題の指摘だけはしておきたい。

この連載の中でいずれ正面から触れる機会もあろうかと思う。 

 

さて、横道にそれてしまったが、今回は今述べたような修行上有用、有益で健全な疑いではなく、修行を妨げる、あるいは場合によっては修行をストップさせてしまいかねない不健全で有害な疑いである疑蓋が参究のテーマである。

ここでの疑いはあいまいさ、半信半疑、優柔不断、ためらい、...といった精神状態を指す。

道の分岐点に立って、どちらへ進んでいったらいいか迷っているような状態だ。

右だろう、いや左かもしれない、いや、...といつまでたっても選択肢の間を行ったり来たりしてよろめき続けるのである。

そしてどこにも進んでいかない...。

大疑団が人を前に押し進める力になるのとは正反対に働くのが疑蓋である。 

 

そのような疑蓋は実にさまざまな現れ方をする。

たとえば、仏教徒にとって基本的な拠り所である(帰依三宝)、仏・法・僧に対する疑いというものがある。

われわれは仏道に入る際に「南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧 帰依仏無上尊 帰依法離塵尊 帰依僧和合尊 帰依仏竟 帰依法竟 帰依僧竟」と三帰依文を唱えるのを習いとしている。

仏教はこの三つに帰依することから始まる以上、これを疑っていたのでは話にならないのだが、果たしてわれわれは三宝に対してゆるぎない信を確立しているかと改めて自分に問うてみなければならない。

一人の修行者として自分の修行や学びにどこか「腰が入らない」感じがあるとしたら、もしかしたら帰依三宝のところまでたちもどって吟味してみる必要があるのかもしれない。

 

あるいは疑蓋は、二五〇〇年以上も前に遠く離れたインドで興った仏教が果たして今の日本に住む自分に意味があるのだろうか、そもそも釈尊は本当にそんなことを言ったのだろうか、...といった、教えの適切性・妥当性に対する疑いとして現れるときもある。

こういう疑いもそれがさらなる探求心を駆動するような深い問いになっていくならば有益な疑いなのであるが、そうではなく優柔不断さや混乱、あるいは学びの扉を閉ざすような結果を招くときには、疑蓋になってしまう。

仏教の中核的な教えの多くは、われわれの常識的な見解や人情に反するようなものが多い(釈尊は「自分の見出した法は世の流れに逆らうものである」と言っているし、道元禅師は「世人の愛処にあらず」と表現している)ので、深く理解しようと努力せずに自分の基準に照らしてそれをはねつけてしまいがちである。

 

坐禅に関して言えば、「無所得無所悟」とか「非思量」とか「修証一如」といった幽邃な教えがわれわれにはすぐにはピンと来ないので、それが疑いの種になっている場合が多いのではないだろうか。

修行についての疑いもある。

「世間にはいろいろ解決しなければならない問題があるのに、こうやって壁に向かってじっと坐っていることに何の意味があるのだろうか?こんなことは無意味なんじゃないのか...」そうして坐禅をやめてしまって別なことをやり始めたり、他の修行法に目移りがしたりすることになる。

 

さらに重篤な疑いは修行をしている自分自身への疑念である。

坐禅をしている自分の耳にこういう声が聞こえる。

「自分は正しく坐禅ができているのだろうか(できていないんじゃないのか)?」、「こんなこと俺にはできない(向いていない)」、「坐禅は難しい」、「今はこれをやる時ではないのかもしれない(もっと先にすればよかった)」、等々。

こういう自分自身への疑念は坐禅修行だけでなく人生全般に関わるような大きな蓋になってくる。

そういう疑問を実地の行動で試して自分自身の経験を通して晴らしていくのではなく、頭の中だけでああかもしれないこうかもしれないと推測、妄想するだけになってしまうと、現実には何も行動していないことと変わりないので、そういう推測がいつしか事実になってしまうのである。

「ああ、やっぱり思った通りだった」という自己実現的予言の実例になっていくのだ。

 

もう三十年余り前に安泰寺に上山する直前、京都の宇治木幡に隠棲しておられた内山興正老師を訪ねた。

これから修行生活を始めるにあたってのアドバイスをしていただこうと思っての訪問であった。

内山老師はこうおっしゃった。

「これはね、あなただけじゃなくて、安泰寺に行くみんなに共通して言っていることなんですがね、まず、黙って十年、自分の物差しを横において、みんなと一緒に坐禅して、安泰寺で生活なさい。」と。

そして「自分の物差しを横において」ということについて、「どうせわれわれ凡夫なんだから、あんなところで修行していたらどうしたって、あれがいやこれがいやといった不満や、こんなことやってて何になるんだろうとか、自分の選択は正しかったんだろうかとか、自分には修行をやり遂げる能力がないとかいった疑いが、カニが泡を吹くようにぶくぶく湧いてきますよ。でもね、そういう物足りようの思いを手放し、また手放しして、つまり自分の価値判断の物差しを当てはめないで、黙ってそこで地に足をつけて生活していくところに、真実の生き方というのが開かれてくるんですよ」と話してくださった。

今から思うと、この老師のアドバイスは、その後何度も疑蓋に覆われてしまいそうになったわたしをどれほど救ってくれたことか。そのありがたさにはお礼の言いようもない。

(つづく)

 

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋