永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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このことに関連して、前にも紹介したがセンサリー・アウェアネスSensoryAwarenessというソマティック・ワークの名付け親であるシャーロット・セルバー(CharlotteSelver一九〇一~二〇〇三)は西欧社 会において親が子供の自然な発達を次のような四つの方法で侵害していると言う(伊藤博『ニュー・カ ウンセリング』誠信書房)。 


1. 子どもはその経験するすべてのことに価値づけをするように教え込まれる。

いつ、どのくらい食べるのが一番いいのか、何時間の睡眠をとらなければならないか、大きくなると寒さに身をさらしたり、からだが雨でぬれることは不愉快で危険なことだと教えられる。

子どもは自然に経験するのではなく、その前に判断することを要求されるようになる。 


2. すべて誇張するように教えられる。

花の香りを経験するのに強く鼻をクンクンといわせてかいでみたり、ものを食べるときは大げさに舌包みを打つようにさせられ、赤ちゃん言葉で話すように要求される。

なんでも自然にやるだけでは、十分でないと言われるのである。 


3. 努力が必要でないときでもいつでも努力しなさいと言われる。自然に見たり、聞いたり、話したり、歩いたり、学習したりすることができるのに、そういうときでも努力しなければいけないと言われる。子どもはすべてのことに努力が必要なのであり、努力しなければ何ごとも起こらないと思うようになってしまう。


 4. 親は子どもが何かを一生懸命にやっているときにそれを妨害する傾向がある。

良い子というものは、来なさいと言われればどんなことをしているときにでもすぐ来るものだ、ということが強調される。

それは子どもの内面にあるリズム感を壊してしまう。


このような仕方で幼い頃から深く条件づけられた不自然な行動パターンを解除し、身心の自然な機能を回復するために、感覚(特に、運動感覚や平衡感覚といった自己受容感覚)から入っていこうとするワークがセンサリー・アウェアネスなのである(シャーロット・セルバー『センサリー・アウェア ネス―つながりに目覚めるワーク』ビーイング・ネット・プレス参照)。

そして、具体的には、人間行動のもっとも単純な機能として「坐る」、「立つ」、「寝る」、「呼吸する」という動作から始めている。

そのような動作を注意深くやってみるなかでわれわれと環境とのかかわりあいを妨害している障害物を見つけ、それを落としていくのである(「身心脱落」という言葉もこの文脈で考察できるかもしれない)。

こうしたセンサリー・アウェアネスのワークを通して、「自分自身の内部に起きていることと一緒にいることができれば、歪曲されたものは解消し、自然のリズムがもどってくる」、とセルバーは言っているが、そこで起きていることと坐禅とはひとつながりにつながっているようにわたしには感じられる。


アメリカに禅を広める上で大きな貢献をしたアラン・ワッツはセンサリー・アウェアネスを「動く禅だ!」と言ったそうだが、わたしもかれに同感する。

わたしが、センサリー・アウェアネスのことを知ったのは一九八七年に北米マサチューセッツ州にあるパイオニア・ヴァレー禅堂に住み始めてからのことだ。

ミネソタ州にある片桐大忍老師が創設したミネアポリス禅センターを訪ねたとき、当時そのセンターを指導していた安泰寺、そしてパイオニア・ヴァレー禅堂での先輩である奥村正博さんの本棚に日本語の本で『センサリー・アウェアネス「気づき」 ―自己・体・環境との豊かなかかわり』(伊藤博訳一九八六年誠信書房刊)という面白そうな題名の本を見つけた(わたしは人の本棚を鑑賞するのが趣味である)。

著者はチャールズ・V・W・ブルックスという、当時わたしには未知のアメリカ人だった。

この本は著者の夫人であるシャーロット・セルバーのセンサリー・アウェアネスの重要な観点とその実習の実際を具体的に書いた書籍の日本語版であった。

中身をぱらぱらと読んでみると、センサリー・アウェアネスで大切にされていることがあまりにも禅と酷似しているので驚き、さっそくその本を借りてコピーさせてもらった。

奥村正博さんは片桐老師が遷化された後、その禅センターの指導者として老師の蔵書を引き継いでおられて、この本は片桐老師の所蔵されていたものだったことがわかった。

本の見開きのところにはなんとFor Katagiri roshi with Deep gratitude from Charlotte Selver & Charles Brooks 2/87(片桐老師に捧ぐ シャーロット・セルバー&チャールズ・ブルックスより深い感謝をこめて 八七年二月)というサインがしたためられていた。

一九八七年二月(わたしが渡米する約五カ月前!)に片桐老師がシャーロット&ブルックス夫妻に会いその時にこの本がプレゼントされたのであろう。

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋