(前回の講義)

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今回は「衣衫(えさん)を寛繋(かんけ)して、斉整(せいせい)ならしむべし。右手を左足のうへにおく、左手を右手のうへにおく。ふたつのおほゆびさきあひささふ。両手かくのごとくして、身にちかづけておくなり。ふたつのおほゆびのさしあはせたるさきを、ほぞに対しておくべし。」のところです。

衣衫というのは、お袈裟とその下に来ている法衣のことです。

それをゆったりとからだに掛けて、整えなさいということです。

普段洋服や作務衣を着ていた私は、得度をしてお坊さんになり師匠からお袈裟や法衣をいただいたのですが、坐禅の時は着慣れないものを着ているので、ここで言われている斉整ならしむのにモタモタして、坐禅が始まる鐘がなっても、まだごそごそお袈裟の裾を揃えたりしていて注意されたものです。

安泰寺では、特にお袈裟できちんと両膝を覆うように、それからお袈裟が坐蒲に被らないようにして、ぐるっと身体を覆うようにと、うるさく言われました。

この一文を読んでその頃を懐かしく思い出しました。

それから手の形のことが書かれています。

前回も言いましたが、道元禅師の『宝慶記』には「坐禅の時、心を左の掌(たなごころ)の上に安んずる、すなわち仏祖正伝の法なり」という如浄禅師のアドヴァイスが記されています。

こんな懇切丁寧教えが言われているのは、この本ぐらいなものでしょう。

ありがたいことです。

親指の触れ合っているところがポイントです。

両手の親指がほぼ水平になるようにして、親指の先がお互いに軽く触れ合っているように保つのです。

気力を充実させていないと、この形を保つことができません。

物思いにふけったり、うとうとしてくるとまずこの手の形が消えてしまうのです。

姿勢の崩れよりも手の方が先に崩れてきます。

かといって力を入れてもいけません。

手の形をしっかり保つということは、正身端坐に努力していることの象徴と言ってもいいでしょう。

両手の親指が出会っているポイントが、おへそのある正中線と一致しているようにします。

参考までに、僕が坐っているときの手の形の写真を載せておきます。



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