永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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わたしが住んでいたアメリカ東海岸のマサチューセッツ州は昔から仏教に対する関心が大変高い地域である。

「アメリカ仏教」発祥の地のひとつであると言ってもいいだろう。

今のところ「仏教史」と言えば、われわれは「インド仏教史」「、中国仏教史」「、日本仏教史」といった学問分野を思い浮かべるが、近い将来「西洋仏教史」あるいは「アメリカ仏教史」といった名称の研究分野がきっと生まれ、大学で講義されるようになるだろう。

そのときには、いろいろな場面でマサチューセッツ州という地名がしばしば登場することになるはずだ。

 

 

わたしが住持として暮らしていたパイオニア・ヴァレー禅堂はマサチューセッツ州の西部にあるのだが、そこを中心にして車で一時間で行ける距離を半径にして円を描くと、その範囲内には、規模の大きなものだけでも、ヴィパッサナー瞑想(南方仏教)のセンターが二つ、チベット仏教の瞑想センターが二つ、日本山妙法寺のピースパゴダ(平和の仏塔)が二つ、天台宗系の仏教センター、といったものがあり、又その範囲内にお互いに近接している五つの大学(ファイヴ・カレッジズと呼ばれている)があり、いずれにおいても仏教関係の講座が開設され多くの聴講生を集めていた。

わたしが住んでいるときにはまだ無かったが、現在ではダライ・ラマ十四世の協力で創設された仏教者と欧米科学者との共同研究機関「心と生命研究所(マインド・アンド・ライ フ・インスティチュート)」の本部がこの地域内に置かれていると聞いている。

さらには、誰かが自宅を開放してそこに少数の有志が集まり、坐禅や瞑想を実践したり、仏教の勉強会をしたりしているような、一般に知られない形で静かにしかし着実に活動している小さな仏教グループもたくさん存在しており、その数は正確には把握しきれないが、相当な数にのぼることは間違いない。

 

 

わたしは、ベトナム人仏教僧ティク・ナット・ハン師の教えを奉じる小さな瞑想グループやチベット人仏教指導者チョギャム・トゥルンパ師の流れを汲む勉強会グループに呼ばれて話をしに行ったことがある。

かれらは、自宅の納屋を改造して瞑想室にしていたり、居間でみんながコーヒーを飲みながら仏教書の読書会をしたりしていた。

そういう光景を目の当たりにして、「仏教がここまで人々の生活の中に入り込んでいるのか!それにしても、仏教国と言われる日本ではついぞお目にかからなかった光景だな」と感慨を深くしたものである。 

 

 

「パイオニア・ヴァレー禅堂」という名称はそのあたり一帯がパイオニア・ヴァレーと呼ばれているところに由来している。

わたしは、渡米から帰国までの十七年半にわたって、スミス・カレッジという名門女子大学のキャンパス内にあるキリスト教の教会(ヘレン・ヒルズ・ヒルズ・チャペル)の地下のスペースで毎週坐禅会を開いていたのであるが、あるときその大学の仏教学の教授と相談して、パイオニア・ヴァレーにある知り得るかぎりの仏教グループや瞑想センターに「パイオニア・ヴァレーにあるさまざまな伝統の仏教グループやセンターがスミス・カレッジのキャンパスで一堂に会して仏教フェアのようなものを開くので、参加してみませんか?」と声をかけてMany Flavors of Dharma(「法ダルマのさまざまな香り」)というイベントを二回にわたって企画・実現したことがある。

われわれの声かけに応じて三十以上の団体が参加し、講演やパネルディスカッション、瞑想、坐禅、念仏、唱題のワークショップ、仏教関係の書籍、CD、DVDや法具の出店など様々なプログラム満載の多彩でにぎやかな一日となった。

仏教に関心を持つ多くの人たちが近隣から集まり、そこここで熱い議論が交わされているのを主催者の一人として、とてもうれしく思いながら眺めていた。

そして、「果たして日本でもこういう超宗派的でオープンな仏教の集まりが可能だろうか?できたとしても、ここまで盛り上がるのだろうか?」と複雑な思いにとらわれていた 。

 

 

さて、わたしの禅堂はそのような環境のなかにあったので、坐禅をしにやって来る人たちのなかには、南方仏教系のヴィパッサナーやチベット仏教系のヴィジュアリゼーションといった他の仏教伝統の瞑想の修行経験をすでに経てきている人がけっこういた。

しかも、かなり長年にわたってやりこんできている人たちが多かった。

さらには、仏教ではなくヨーガの瞑想経験のある人やその指導者もやってきた。

わたしの禅堂は人を集めるための宣伝をしないというのが創設以来の方針なので(当時はインターネットなどなかったので問い合わせは手紙か電話で受けていた。

現在はホームページが開設されている。

ちなみにもう一つの方針は、会員制とか料金制をとらないということだ。

粗末で小さなお茶箱に、no donation requested,no donation refusedつまり「お布施は要求しませんが、拒否もしません」と書いて、入り口のところの机の上にお布施箱として置いておくだけである。したがって、生活費は何でも屋のアルバイトをして稼いでいた)、かれらはshikantaza(只管打坐)とかjust sittingとかよばれている、どうもよく理解できない禅的な瞑想行法をやっている小さな禅堂が林の中にあるらしいということをどこからか口コミやうわさで知って、それがどんなものか体験してやろうというつもりで、禅堂でやっている一日坐禅会や五日間接心にやってくるのである。


『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋