永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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アレクサンダー・テクニークの教師がしばしば後頭部に手を添えるのは、この頭を後ろと下へ引っ張り込む無意識の動きが出ないように、頭の状態が今どうなっているかをフィードバックしてくれているのである。

そして、この動きを発動させることなく、「首が楽で自由なままで、頭が前へ上へいくように して」、立ったり、坐ったり、歩いたりすることができるような新しい動き方を見つけ、育てる助けをしてくれているのだ。


メレディスさんもそういう働きかけをして、わたしが立った状態で、頭がなるべく高いところでバランスをとれているよう導いてくれた。

興味深かったのは、わたしの頭に手を添えているときの彼女自身もまた「首が楽で自由なままで、頭が前へ上へいく」というあり方で立っていなければならないのだと言っていたことだ。

教師自身がまずそういうあり方で存在していなければ、手を通してそのクオリティを生徒(アレクサンダー・テクニークではレッスンを受ける者をそう呼んでいる。

レッスンは治療ではなくあくまでも教育だという立場なのである)に伝えることはできないということなのだろう。

これは坐禅を指導する立場の者にとってとても大事なことを示唆している。

相手の坐相を手で触れて正そうとするときの自分の姿勢がどういうあり方をしているかがまず問われなければならないということを意味しているからだ。 


さて、立った姿勢でのレッスンが終わると彼女は、「じゃあ、そのままの感じで部屋を歩いてみて」と言いながら、わたしの後頭部に手を添えたまま、ゆっくりとわたしを前に押し出すようにして歩くように促した。

そして手を放して、「いろいろな方向に向きを変えて自由に歩いてね。どんな感じがする?」

「なんだかちょっと背が高くなったような...。あと、頭の動きに足がついてくるような感じです」

「グッド」

そうやって歩いていると、「じゃあ、あなたが坐禅の時どういう風に坐っているか見せてくれる?」と言われたので、坐蒲を置いてその上に坐禅の格好で坐ろうとしたら、すかさず後頭部に手を添えられて、「首が楽なままで、背中を長く、股関節から膝が離れるように...」という指示がやってきた。

坐蒲の上に尻を乗せるまでのプロセスももうすでに坐禅の始まりとして心して行わなければならないのだ!

立位から坐禅へ、坐禅から立位へ、そういった坐禅の前後の姿勢の移行もまた坐禅相応のあり方でなされるよう指導する必要がある。

そこまで射程を広げて坐禅が参究されなければならない。 


さて、半跏趺坐になって坐ると、メレディスさんは立った時にやったようにわたしの頭や首、胸郭、背 中、腰、骨盤などに軽く触れて、手で「聴診」しているようだった。

「坐骨と両膝でできている三脚の上に胴体がバランスを取りながら上へとあがっているように...。そう、あなたの場合はよくあるように腰椎を前に押し込んで腰を無理に反らせていないからいいわね。ん~、でも、どちらかというと胸をがっちり固めすぎているわ。胸郭の下部をそんなに持ち上げないでからだの前側で休ませあげて。そう、背中の真ん中あたりが少し後ろへ動くでしょ。胸郭は肋骨で囲まれているから全然動かないと思っているかもしれないけど、実は力んでいなければ柔らかく変形するのよ。」

そういって彼女はわたしの胸や脇や背中のいろいろなところを指で押してきた。

「リラックスしてこのプッシュを柔らかく受け入れてみて。そう、そう。思ったよりずっと柔らかくて、前後、左右、上下に自由に動くでしょう?胸郭だけに限らないけど、坐禅の時はからだのどの部分も動いてはいないけど楽に動ける状態でいなけりゃね。拘束的に固めないようにしてじっとしているっていうことが大事。」


この指示の最後の部分、 彼女の使った英語はbe movable without moving, be still without holdingだった。

たいそう含蓄のある言葉であるとわたしは思った。

彼女は持参した全身の骨格標本を示しながら、「この背骨の形を見ればわかると思うけど、からだの重さは太い背骨の前の方で支えるようにデザインされているの。それを思ってみて。背骨の後ろ側じゃなくて前側で重さを引き受けているって。」

実際そう思ってみると、背中側が緩んでほんの少し伸びたような感覚が生まれた。


坐禅の姿勢での彼女のレッスンはまだ続いた。

次回、もう一回だけこのレッスンのレポートにお付き合い願いたい。

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋