『生きる稽古 死ぬ稽古』出版記念イベント|藤田一照先生&伊東昌美さん講演会 【生と死の不思議を笑って語ろう】
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2017/08/18 20:06

『生きる稽古 死ぬ稽古』出版記念イベント|藤田一照先生&伊東昌美さん講演会 【生と死の不思議を笑って語ろう】

エンディングノートプランナーの伊東昌美さんと一照さんの共著、「生きる稽古 死ぬ稽古」が8月22日に日貿出版社より発売されます。本書の先行発売会&出版記念講演が、8月17日(木)に八重洲ブックセンターにて開催されましたので、当日の様子を以下にお届けします。


生きる稽古 死ぬ稽古
藤田一照 伊東昌美
株式会社 日貿出版社


「生死」とは一見重く捉えられがちなテーマですが、一照さんのパラダイムから語られる「生死」は、カラッと楽しい内容でした。下記の印象的だったトピックについて、お伝えします。

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1. 「生と死」ではなく、「生死」一つのいのちを生きている

2. わからないものを、わからないままにしておく、ネガティブ・ケイパビリティ

3. 未知のものを既知のもので結び付けない、「不知の知」

4. 死とは、青空のようにカラッとしたもの

5. 今後の仏教の課題は、「家族」と「職業」

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1. 「生と死」ではなく、「生死」一つのいのちを生きている


印象的な本の表紙。「生」と「死」の漢字が一つになったデザインです。この字には本書のテーマの意味が深く込められています。というのも、私たちは「生と死」をそれぞれ別々のものと捉え、「死」は自分の外側にあると捉えて恐れがちです。しかし、「生と死」は表裏意一体であるのではないか、それならば「と」は不要で、「生死(しょうじ)」になるのではないか。これを、一照さんの師匠の師匠である内山興正老師は、「生死一つのいのちを生きている」と表したそうです。


2. わからないことを、わからないままにしておく「ネガティブ・ケイパビリティ」

「生死」一つのいのち、と聞いても、「死」を体験していない私たちにとって、やはり「死」とはわからないもの。頭で理解できたとしても、誰も「体験」した人はいません。このわからない「死」ということを、わからないままにしておく。それを一照さんは、「わからないことをわからないままにしておく、踏みとどまる能力」として「ネガティブ・ケイパビリティ」と言っています。


3. 未知のものを既知のもので結び付けない、「不知の知」

わからないことに踏みとどまれないと、私たちはすでに知っていることとそれを結びつけて納得する傾向があります。すると、安心はするけれど、新しい創造は何も生まれません。「未知のものを既知のものと結び付けるのではなく、わからないことを辛抱強く待ち続けることは、一つの能力。仏陀は、既成の回答に納得しない態度があったから、独自の道を開いたのでは。『禅』とは回答ではなく、『問い続ける』ことを大事にしている。この態度を大事にしないと、『死』は借りものの答えになり、それでは間に合わない」と一照さんは言います。

自分はわからない、ということをわかっている。わからないことを、ただわからないままにする浅い態度であるのではなく、『不知の知』という態度であるからこそ、わからないことに対する姿勢が深まるんじゃないか、と言います。


4. 死とは、青空のようにカラッとしたもの
伊東さんから幾つかご質問があるなか、本書のあとがきで一照さんが述べたことについてのご質問がありました。

対談全体において最も印象的だったこのお話し。それは、「死」とは、カラッと、あっけらかんに起こっていることではないか、という一照さんの観点。わからなさを二つに区別するとしたら、一照さんが捉える「死」とは、霧がかかったようなモヤモヤしたわからなさではなく、青空のようなカラッとしたものであること。はっきりとしているけど、果てがわからないような、透き通ったようなものだと思う、と言っていました。

「死」とは、病気や事故などの「条件」のことを言うのではなく、「死」の本質はみんな同じで平等である、ということ。カラッとした死とは、他者のことではなく、あくまでも自分の死。とすると、死の条件を他人と比較すると不平等だけれども、自分の「死」は、たった一度しかない、絶対的な経験です。


5. 今後の仏教の課題は、「家族」と「職業」

話しは自然と今の仏教の課題へと移ります。一照さんは、「家族「職業」が仏教がこれから取り組まなければならないテーマだと言います。過去の仏教は、この二つのテーマを切り離していて語っていません。家族とは性に、職業はお金にと、必然と結びつきます。こうした、日常生活でとても身近で重要なテーマへ切り込むことで、社会が変わる可能性になると思っている、と言っていました。



重く怖そうな「死」というテーマを、一照さんは、多くの人とは全く異なる観点で、いつものように愉快に話してくださいました。本書は、伊東さん、編集者2名、一照さんの4名でお話しになった内容が元になっているそうですが、現場では、表紙の写真のように笑いが多い会話だったそうです。


今回お二人のお話しをお聞きして、「死」に対する捉え方に明るさが増しました。とくに、「生死一つのいのちを生きている」という言葉が深く印象に残っています。「死」と「生」は一つのものであるからこそ、「死」に対して真剣で明るい態度であれば、自ずと「生」が輝いてくるのでは、ということを思いました。

「死」=「怖い」ものではなく、「死」=「生」と捉えてみると、どのような感じがしてくるでしょうか?「死」を迎えて終わるのではなく、「死」の先にある果てのなさを見据えてみると、「生」はどのようになるでしょうか?答えのない「生死」というテーマを、自分だけでなく多くの人とともに深めていきたいと思います。


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生きる稽古 死ぬ稽古
藤田一照 伊東昌美
株式会社 日貿出版社


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