(前回の講義)

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今回は「正身端坐すべし。ひだりへそばだち、みぎへかたぶき、まへにくぐまり、うしろ

へあほのくことなかれ。かならず耳と肩と対し、鼻と臍と対すべし。」の箇所についてお話しします。

「正身端坐」というのは、そのすぐ後に「ひだりへそばだち、みぎへかたぶき、まへにくぐまり、うしろへあほのくことなかれ」と書いてあるように、上半身をまっすぐに立てるということです。

よく、「背中をまっすぐに」と指導者に言われたり、あるいはそのようになるように坐る努力をする人がいますが、厳密に言うなら、背中はまっすぐにはなりません。

脊椎は自然に湾曲しているからです。

それをまっすぐにしようとしたら意志の力で頑張るほかはありません。

それは、人間的力みであり、呼吸を妨げたり、妄想の温床になってしまいます。

ですからまっすぐさは背中で取るのではなく、背骨の前側あたりを通る体軸(図参照)で取るべきだというのが私の理解です。

このまっすぐな鉛直のラインを思うだけで良いのです。

そうすると、自分の持ち前の姿勢制御の力でバランスで坐ることができ、背中の余計な緊張が抜けて、背中がホッと開いたような感覚が生まれます。

この時、自ずと「耳と肩と対し、鼻と臍と対す」という横から見た時と、前から見た時の、頭部と体幹のアラインメント(揃い)が生まれるはずです。

内山興正老師が坐禅について「骨組みと筋肉で正しい坐相を狙い続け」というのは、このような体軸と重力の方向とのアラインメント、頭部と体幹のアラインメントを精妙に実現させるということだと解釈できると思います。

これは非常に繊細な営みで、意識の命令で体の各部をバラバラに動かしていたのでは到底オボつきません。

意識下の全体的な調整作用の働きで、オーガニック(有機的)にホーリスティック(全体論的)そしてプロセス(過程)的に調っていくというのが実際だと思います。

ですから、正身端坐というのは単なる身体の形云々のことではなく、調息や調心も同時に含んだ繊細で動的な運動であると理解しなければなりません。




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