永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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前回は坐禅についての考察を進めるうえでの材料として、瞑想行中に湧き上がってくる不善な思いに対してどう対処したらよいのかという問題をめぐって釈尊が具体的にやり方を説いているパーリ仏典の Vitakkasanthana Sutta(『考想息止経』中部経典第二十)を取り上げた。


そこでは五つの対処法が説かれているが、前回はそのうちの四つについて若干の考察を加えた。


最初の対処法でうまくいかないときは、第二の対処法を、それでもダメなときは第三の対処法を、...というふうに、不善な思いを手放す困難さの度合いに応じた段階的な説き方がなされている。


だから最後に挙げられているのは、その前の四つの対処法がいずれも功を奏さなかった場合にどうするかという最終最後の対処法ということになる。


ある意味、最悪の場合である。




それは「歯をくいしばっ て、舌を上口蓋に押し付け、気づきで以って、その心を打ち負かし、さえぎり、粉砕する」というやり方だ。


実は『考想息止経』という経典があることを知って初めてそれを読んだとき、この箇所にさしかかってまず感じたのは、これ以前の四つの対処法に比べてひどく暴力的というか無理矢理というか、わたしが抱いている平和で慈愛に満ちた釈尊のイメージに到底ふさわしくないことを言っているなという違和感だった。




このやり方のたとえとして挙げられているのも「ちょうど、力の強い者が弱い者の、頭や喉や肩をつかみ、打ち負かし、さえぎり、粉砕するようなものである。(それと)同じようなやり方で、...」といかにも戦闘的なイメージが喚起されるような表現になっている。


釈尊が勧めるいろいろ方法を試してみたけれども、けっきょくどれもこれもうまくいかなかったら、もう最後の最後は力づくでなにがなんでも思いを押さえつけるしかない、ということなのだろうか?


「さすがの釈尊も最後の手段としてはやっぱりこういうことを言うしかないのだろうか?」とちょっとがっかりしたのである。


これだと「坐禅は安楽の法門なり」と言う道元禅師の教えとの整合性が崩れてしまうではないかと、正直なところ困惑の思いも湧いてきた。




さらに、もう一つ感じたことは、この「歯を食いしばって、舌を...」と「力の強い者が弱い者の、頭 や喉や肩をつかみ...」いう表現を前にどこかで見たことがあるな~という既視感であった。


そして、しばらくして思い出したのは、この連載の第一回目に引用した『中部経典第三六大サッチャッカ経』のなかの一節だった。


そこには、確かにこう書いてあった。


「...アッギヴェッサナよ、そこで私はこのように思いました。〈私は、歯に歯を置き、舌で顎を圧し、心で心を抑え、押さえつけ、砕いてみてはどうであろうか〉と。アッギヴェッサナよ、そこで私は、歯に歯を置き、舌で顎を圧し、心で心を抑え、押さえつけ、砕きました。アッギヴェッサナよ、歯に歯を置き、舌で顎を圧し、心で心を抑え、押さえつけ、砕いているその私の両脇から汗が流れ出ました。たとえば、アッギヴェッサナよ、力のある人が力の弱い人の頭を捉まえ、あるいは肩を捉まえて、抑え、押さえつけて、砕くように、アッギヴェッサナよ、歯に歯を置き、舌で顎を圧し、心で心を抑え、押さえつけ、砕いているその私の両脇から汗が流れ出ました。しかし、アッギヴェッサナよ、私の精進は始まり、不動のものになりました。念は現前し、失念のないものになりました。しかしまた、わたしはその苦の努力のみによって努力が制圧され、身体は激動し、静まることがありませんでした。アッギヴェッサナよ、それでも私に生じたそのような苦の感受は、心を捨てることなく、とどまりました。...」


この一節が書いてあるのは釈尊が若き日に体験した激しい苦行の様子を振り返って語っている場面である。


興味深いことにここに「歯に歯を置き、舌で顎を圧し、心で心を抑え、押さえつけ、砕く」という表現や「力のある人が力の弱い人の頭を捉まえ、あるいは肩を捉まえて、抑え、押さえつけて、砕く」というたとえが使われていたのである。


『考想息止経』と『大サッチャッカ経』のこの部分はおそらくパーリ語原文では全くかほとんど同じ言葉になっている、仏典の定型的な表現なのではないだろうか。


ともかくここで忘れてならないことは、この『大サッチャッカ経』の文脈では、このような表現で示される「力づく」で「無理強い」の修行は釈尊によって最終的に捨てられることになったという点だ。


この箇所は別の訳では次のように書かれていて、釈尊がそういう修行のやり方を「反省的に」振り返っていることがより明白に強調されている。 




「...かつて私は歯を食いしばり、上顎に舌を押し付け、心で心を支配し押さえつけていた。そうして汗だくになった。力が不足していたわけではない。〈気づき〉を保ちそれを手放すこともしなかったのに、心にも体にも安らぎがなく、私は骨の折れる努力にくたびれ果てていた。苦行の辛さに加えて、こんな努力がさらなる苦痛を心に生み出し、私には心をなだめる術が見つからなかった。...」(ティ ク・ナット・ハン『ブッダの〈気づき〉の瞑想』野草社)


第一回目からわたしのこの連載を読んでくださっている方は、こういう「歯をくいしばる」、「心で心を支配し押さえつける」、「心にも体にも安らぎがない」、「骨の折れる努力」、「くたびれ果てる」、 「さらなる苦痛が心に生まれる」といった表現で表されるようなクオリティが伴う修行は「無益である」と釈尊がはっきり見切りをつけて、それを放棄して樹下に打坐した、それこそが坐禅の起源である というのが、わたしの立場だということを理解していただいていると思う。


つまり、坐禅というのは「歯を食いしばる」云々(強為(ごうい))とはまったく質の異なる営み(云為(うんい))として行われるものだということである。


では、『大サッチャッカ経』では否定的に扱われている、『考想息止経』の「歯をくいしばって...」という釈尊のアドヴァイスはどう受け止めたらいいのだろうか?


『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋