永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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【「只管打坐」〜「マインドフルネス」と坐禅(1)~2 】

この本に感銘を受けて、その頃から続々と出版されるようになっていったティク・ナット・ハン師の著作を読み漁っていくことになるのだが(これまでに師の英語本を二冊、日本語に翻訳して出版している)、「マインドフルネス」をこれほどはっきりと中核に置いた仏教の説き方をしている人物は、師をおいて他にはないということを改めて痛感した。

師の著作を通して、仏教をマインドフルネスをベースにした教義と実践の体系として、改めてとらえ直すという視点をもつことができた。


一方それと同じころに、マインドフルに生きるということを力説しているティク・ナット・ハン師と並んで、もう一人の人物が マインドフルネスに基づいた、ストレス低減法を病院で指導しているという噂が伝わってきた。

それが、ジョン・カバット・ジン氏だ。

彼は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のノーベル生理学・医学賞受賞者の指導の下で、分子生物学の博士号を取得したが、禅(主に韓国系禅)・ヨーガを実践し、南方仏教系の瞑想センターである、インサイト・メディテーション・ソサイエティ(IMS)でのヴィパッサナー瞑想の実践経験をきっかけに、マサチューセッツ州立大学付属の病院内に、ストレス低減センター(マインドフルネスセンター)を立ち上げ、同大医学部教授となった人物だ。

仏教に伝えられてきた瞑想法を病院の患者さんたちのために、ストレス、悩み事、痛み、病気に対応する手助けとして教えるという彼の活動に興味を持ったわたしは、彼の本を読んだり、時々開かれる公開講演会に出席したりした。

そのうち顔見知りになり、かれのオフィスを友人(現在、高野山大学でスピリチュアル・ケアを講じている井上ウィマラさん)と一緒に訪ね、直接お話を伺い、資料などをいただいたこともある。


こうして思いがけず、アメリカのマインドフル運動を推進してきた、二人の立役者と直接に親交を結ぶという幸運な仏縁に恵まれた。

二〇〇五年に、日本に帰国したころは、まだマインドフルネスは一部の人たちを除いて、広くは知られていなかった。

それが、冒頭に述べたようにここ数年の間に急速に普及し始めて、私事にわたるが、別にマインドフルネスの専門家でもないわたしが、日本マインドフルネス学会の理事をやらされたり、心理学や臨床心理学の学会でのマインドフルネスに関するシンポジウムに呼ばれたり、精神科医や臨床心理士の集まりで、マインドフルネスについての対談や講義を依頼されたりするようになった。

この急激な状況の変化は、正直驚くばかりである。

このような傾向は、今後ますます顕著になっていくと思われるが、マインドフルネスの「故郷」が仏教であることを考えると、日本の僧侶もそのことに無関心ではいられないのではないだろうか?

少なくとも、それがどのようなことを指すのかくらいは知っておいた方がいいように思われる。


釈尊の最初の説法においても、そして最期の言葉においても、マインドフルネスの重要性が説かれているとわたしは理解している。

もし、それが正しければマインドフルネスは、仏教(仏の教え)において終始一貫している基本中の基本だということになる。

釈尊の最初の説法は初転法輪ともよばれるが、そこでは開口一番に「中道」という言葉が語られ、「中道とは八正道である」とさらに細かく説明される。

この八正道の第七番目の項目が正念であり、これがマインドフルネスの「故郷」とも言えるものに当たる。

また最期の言葉の中に漢訳で「不放逸」と訳される、極めて重要な意義を持つappamadaという言葉がある(これについてはこの連載の第四一回で詳しく論じている)。

appamadaというパーリ語は「ぼんやりと放心することなしに、気をつけていること」という意味であるから、実はマインドフルネスと極めて近い意味を持っている。

だから最期の言葉においても、マインドフルに修行することが強調されていると理解してもあながち間違いではないだう。

さらにこれもこの連載で触れたことがあるが、釈尊が樹下で初めて打坐した時以来、悪魔(マーラ)が何度も釈尊の前に現れて、事あるごとに彼を籠絡しようと試みる。

しかし、釈尊は悪魔から逃げようとするのでもなく、また闘いを挑もうとするのでもなく、ただ「悪魔よ、わたしはお前がそこにいることを知っているよ」と静かに語るのみだ。

ここでの悪魔というのは、内外からのいろいろな刺激に対するリアクションとして、心の中に立ち現れてくる煩悩の神話的表現であるから、それは「煩悩よ、わたしはお前がそこに立ち現れていることに気づいているよ」という意味だ。

これもまたマインドフルネスに他ならない。

釈尊にこう言われると悪魔は「ああ、この尊い人はわたしがここにいることを知っている。これではどうすることもできない」と言ってうなだれ、そこからすごすご去っていくのである。

煩悩はその正体を見破られると、こちらが手を下して外に押し出さなくても自分から消えていくということだ。こうして、釈尊がブッダ(覚者)となって以降、入滅するまでの初中後、常に一貫してマイン ドフルであったということがこのことからもうかがうことができる。

 

 

 

 

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋