永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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しかし、どういうわけか後世になると、仏教教理において欲界の 禅定の上にさらに四つの段階の色界の禅定(さらにその上の無色界にも禅定がある)が説かれるようになるのだ。

そして、釈尊が子供のころ自発的に樹下に打坐したときに達したのは「初禅」として位置 づけられ、尋と伺が伴っているが、二禅以上になると尋も伺もなくなるとされている。

つまり、幼少 時の打坐はまだ思考作用があるので未完成、未熟なものだと考えられているのだ。

こういう段階論的 な考え方のなかでは、初禅は一番低レベルの禅定と位置づけられるから、当然のことながら修行に励んでそれより上位のレベルへと向上していくことが望ましいとされる。

したがって、そこでは尋と伺の 停止を達成できるような禅定の工夫が奨励される。

こうして、もともとは釈尊自身が「これこそが覚り への道にちがいない」と確信したはずの幼少期の尋と伺が伴っていた打坐が、仏教のなかである意味で は否定されるようなことが起きたのである。

初期仏教で言われる「四禅八定」といった禅定重視の枠組みや考え方が神秀や臥輪禅師の偈頌の背景にあることは容易に見てとれるだろう。

そこでは思考や思惟といった精神的活動(「思量」)は否定 的に取り扱われ、停止ないし生滅させることが目指されている。

ちなみに初禅では「遠離から生じた 喜びと楽」といった感情的な要素も存在しているが、禅定のレベルが上がっていくとそういった感情的な喜や楽も無くなっていくのである。

現在、日本にも定着しつつある南方仏教系のヴィパッサナー瞑想もこの枠組みの中で修行が成立している。

しかし、われわれはと言えば、神秀や臥輪禅師とまったく異なる立場を主張した六祖や「坐禅は習禅 に非ず」と繰り返し強調している道元禅師の流れの中に立っているのである。

そのことはよく自覚して おいた方がいいのではないだろうか。

「坐禅は安楽の法門なり」とか「兀兀地(坐禅)に思量なからんや」という道元禅師の文言もそういう問題を背景にして読んでいかなければならない。

さらには、『普勧坐禅儀』のなかにある「不思善悪」の「不思」や、「莫管是非」の「莫管」、「停心意識之運転」 の「停」「、止念想観之測量」の「止」といった言葉の意味するところも、単純に「思考の排除・停止」といった文脈で受け取ったのではいけないことも承知しておかなければならない。

坐禅が、呼吸や感覚などを手段として用いる何らかの方法を講じて思考をだんだん細めていって、最終的には除去、排除、停止させていくような修行ではないことをまずしっかりと押さえておこう。

かといっ て坐禅が、いわゆる昏沈掉擧(こんじんじょうこ)(心が沈鬱で沈んだような状態と心が浮動して落着きがない状態)、簡単に言えば「居眠りと考え事」に占領されてしまったら、それはもう坐禅とは呼べ ない。

居眠りは居眠りで坐禅ではないし、考え事は考え事で坐禅ではない。

110坐禅は二つの行き詰ま り状態(昏沈と掉擧)のどちらにも陥らないで、常に新鮮にダイナミックに展開していく「中道」を行 くものでなければならないのである。

これはまさに実地において「審細に功夫(」わたしが好きな、

道元禅師が良く使う表現の一つ)することを通して学んでいくしかない。

しかし、われわれ凡夫は悲しいことにそのまま放っておいたら必ず昏沈か掉擧に陥ってしまう。

それはこの二つが、倶舎論では大煩悩地法(すべての煩悩に必ず随伴して起こるから「大」と言う)のうちの二つに挙げられているし、 同じ考えに基づいて唯識では随煩悩中の大随惑とされていることからも理解できる。

それは、なんの理解も工夫もなく、凡夫のままで言われたとおりの坐禅をしたら、坐禅がどうしても昏沈か掉擧に変質してしまう道をたどってしまうということだ。

では現実にいかにして坐禅したらよいのか?

浄土真宗の在野の指導者であった安田理深師(一九〇〇~一九八二)が的確にも「仏となることは、 夢を破ることによって成り立つものであって、我々が夢の中でいかに努力し、もがいてもだめである。

迷った智慧をいくら重ねても、さとりにはならない。

迷いをいくら磨いても迷いを洗練させるだけである。

しかし、努力がだめだからといって、努力せずにまっていれば仏の智慧が開かれるかというと、それも誰も保証してくれはしない。

そういう大きな悩みに到達するのである。

しかも、それはどうしても突破しなければならない課題である。

現実にいかにしてという、その方法が大事になってくるわけで ある。」 (『安田理深講義集1呼びかけと目覚め―名号』大法輪閣)と言う、「いかにしてという、その方法」の問題にぶつかる。

まさに釈尊自身もそういう問題に逢着したし、樹下の打坐においてそこを突 破したということができないだろうか?

それが「最上無為の妙術」として経典とは別に伝わってきた「端坐参禅」、つまり坐禅である。

次回は、思惟・思索を邪魔にして止めようとするのではなく、それを徹底すること、思惟の根源に帰ること、によって思惟の方向転換(「回向返照」)をするという観点から、もう少し坐禅における思 量の問題を論じたいと思う。

(つづく) 

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋