永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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強為と云為

わたしには、釈尊が幼いころ農耕祭に浮かれる群衆を離れて一人になってジャンブ樹の下に静かに坐ったのも、またのちに瞑想と苦行を放棄して菩提樹の下に坐ったのも、誰かの命令や指示、既成のメソッドやテクニックといった「外から加わる力」によるものではなく、「ふかいところで解き放たれた何かによってはじまった持続する自己運動」だったのではないか、と思えてならないのである。

宗教的探究に行き詰ってお手上げ状態になったとき、さてこれからいったいどうやって進んでいこうかと立ち止まったときに、釈尊の中にふとよみがえってきたのは、幼い時におこったその「自己運動」の名残、からだのなかにしまいこまれていた、懐かしい、しかし確かな身体的記憶のようなものではなかっただろうか。

それは、城を出てからずっと一生懸命になって行ってきたこととはまるっきり「テイスト(味わい)」も「フレーバー(香り)」も違うものだったのだ。

その「違い」のなかに「これこそが覚りへの道にちがいない」と思わせる何か新鮮なものを体感したのである。

道元禅師の著作の中にはこの「違い」を言い表すのにきわめて適切だと思われる対語が存在する。

それは「強為(ごうい)」|「云為(うんい)」というペアになった言葉である。

強為とは文字通り「強引に行うこと、強いて為す行為、努力して為す行為」のこと、云為とは「思慮分別を離れたおのずからの働き、任運自然の動作」である。

『正法眼蔵』の中にはこの語を用いた説示がいろいろ見出せる。

理解のためにいくつかその例をあげると、「...仏祖道場中人、かならずこの威儀具足あり。これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり。...」(『正法眼蔵洗浄』)

「...くもをなしあめをなすは、梅花の云為なり。...」(『正法眼蔵梅花』)

「...ともにこれ強為にあらず、授記の云為なり。...」(『正法眼蔵授記』)

「...このゆゑに、みづからの強為にあらず、佗の強為にあらず、不曾染汚の行持なり。...」 (『正法眼蔵行持上』)

われわれは普通、仏道修行とは「強為」として為されるものだと思い込んでいるが、道元禅師によれば、そうではなく「云為」として為されるべきものなのだ。

『正法眼蔵生死』に巧みに説かれているように、「ただわが身をも心をもはなちわすれて、佛のいへになげいれて、佛のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさず」に行われるのが「云為の行」なのである。

こういう性格をもった云為行の典型がわれわれの行じる坐禅でなければならない。

そこで、この対語をもって表現するならば、釈尊が幼いころにおこなったジャンブ樹の下での坐に希望の光を見出したのは、そのときの坐がまさに云為で為されたものだったことに思いいたったからだった。

強為の行をそれまで徹底的に試みた挙句、厚い壁にぶつかった釈尊は、そのことに力づけられ励まされ、導かれて行った菩提樹の下の打坐は強為から云為への修行の根本的な質的転換として成立したということになる。

だから、釈尊のそのときの打坐もまた「ただわが身をも心をもはなちわすれて、佛のいへになげいれて、佛のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさず」為されていたはずだ。

それは強為的な習禅とは全く「モノが違う」坐禅だった。

林先生の使った「ふかいところで解き放たれた何かによってはじまった持続する自己運動」という表現はまさに云為のありかたを指している。

先ほど述べた青年が見せた「腰の入った」坐りの姿勢は強為、つまり「いやだけどまわりの圧力で仕方なくやらされている」、無理矢理にとりつくろった姿勢ではなく、云為、つまり「しっかり学ぼう」というかれ自身の真摯な態度のおのずからなる自然な表現として出てきたものなのである。

だから普段「虚弱」だと思われているかれが二時間も「ちゃんと」坐っていることができたのだ。

「云為の力おそるべし」と言わなければなるまい。

 

 

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋

 

《藤田一照 一口コメント》 

釈尊が樹下に坐るときに思い出したという、幼いときに木の下に坐ったエピソード。

苦行に見切りをつけた釈尊はなぜあれが「覚りへの道に違いない」と思ったのか?

経典やその他の書物にはそのことについてなんら踏み込んだ記述がないようだ。

しかし、それでは踏み込みが足らないと言わねばならないのではないだろうか?


樹下の打坐がああして実現するためには、