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【坐禅講義73】第四講:坐骨で坐る

 坐骨の正しい位置に体重がまっすぐ鉛直に落ちるように坐ると、体軸に沿って床から上に向かってからだを支えてくれる力(体重の反作用力)の流れが感じられます。


この流れに首と頭がそろって乗るように、内部感覚を手がかりに微調整します。

こうすると自然に首筋や後頭部が上に伸びあがり、顎が適度にしまります(無理に引くのではなく)。

首と頭の繫がり方、使い方はアレクサンダー・テクニークで「プライマリー・コントロール」と呼ばれて一番重視されていることです。

われわれが思っているよりはだいぶ高いところで頸椎の一番上に頭蓋骨が乗っかっています。

頭部の重心はその接点よりも前上方にありますから、頸椎の上で天秤のように頭をうまく吊り合わせるためには、首の後ろにある筋肉(後頭下筋 後頭部の最深層に位置する筋肉で頭を後ろに引いて、直立させる作用を持つ)を適度に(ちょうどいい塩梅に)緊張させて頭と首のバランスをうまく取らなければなりません。

坐骨の正しい位置で坐っている場合はこのバランスがうまく取れるようになっているので首は自由になり、頭は前へ上へと方向づけられます。

背中も長く伸び広がります。

坐骨の後ろすぎる位置で坐っている場合は、首が下に向かって引き下げられ、頭が前へ下へと方向づけられます。

背中は丸まって短く狭くなります。

坐骨の前すぎる位置で坐っている場合は、首はやはり下へ向かって引き下げられ、頭は後ろへ下へと方向づけられます。

背中は反って短く狭くなります。



骨盤をゆっくり前や後ろに転がして、坐骨のどの位置で坐っているかが変わることによって、坐蒲の上にあるからだの全ての部位が相互に連動してどういう動きを示すかを、体感を通してよく感じとるようにしてください。

からだがほぐれていればいるほど、この連動が素直にまたはっきり現われます。

この体感に導かれるようにしてからだが最ものびやかになる坐骨の位置へとていねいにたどりつくので す。

からだとこころをほぐし、ゆるめ、意識を使って骨盤をていねいに動かし、その結果を感覚で細やかに感じ、その感覚にしたがって最適な骨盤の傾き、つまり体重を支える坐骨のベストな位置に自然にたどり着くのです。

これはいわば人力と天力、人間の力と自然の力がいい関係で助け合っているようなものです。

云為の坐禅、結果自然成の坐禅といってもわれわれが何もしないで、のほほんとしていればいいというわけではありません。

まずは、意識的、無意識的にやっている余計なこと、不必要なこと、やるべきではないことをやめるということをしなければなりません。

それがからだやこころの余計な緊張や力みをゆるめる、ほぐすということです。

そういうことをしなければ自然の働きが自由に発現するスペースが生まれないからです。

われわれがやるべきことのもう一つは、自然の働きが発動するきっかけ、方向づけを意識で行なう必要があります。

自然への問いかけとでも言えばいいでしょうか。

今の場合だと、「こんな骨盤の傾きでいいでしょうか?」と実際に骨盤をそういう傾きにして、からだ(からだという自然)にお伺いを立てるのです。

そして耳を澄ませて応答を待つのです。すると何らかの応答がやってきてそれを受信することで「より楽で気持ちの良い方向」へと意識とからだが協力しながら自然に動いていくのです。

細かいところをどうするかということはからだの自然がやっ てくれるのでそれに任せておきます。

こうして体幹、胴体のあり方が自ずと収まる ところへ収まっていきます。

このとき、それぞれの内臓も収まるところへ収まり、お互いに押し合わずくっつきあわず、ゆったりとした張りを持って坐相の前側を (後ろ側を支えるのは主に脊椎)支えてくれるようになります。

このようにして、 ゆったりとした空間的ゆとりを持って体幹の中に収められた内臓たちは十分な血液の補給を受けることができ、生き生きと本来のペースで活動できるようになるのです。

 

 藤田一照著「現代坐禅講義」(P.410~)より一部抜粋

  

《藤田一照 一口コメント》  

坐禅の姿勢といえば、たいてい背中のまっすぐさのことが強調されますが、実はその部分の形状はあくまでも結果であって、そこを直接にまっすぐにしようとしてはいけないのです。

このことに気づいたのは、