【仏教とわたし5】木戸 寛孝さん(株)umari コンセプトデザイナー
藤田 一照 藤田 一照
2018/02/16 07:12

【仏教とわたし5】木戸 寛孝さん(株)umari コンセプトデザイナー

少し日が空きましたが、「仏教とわたし」の投稿です。2017年3月までに配信していた旧メールマガジン「藤田一照『仏道探究ラボ』」のコンテンツ「仏教とわたし」を、新たに形を変えてお届けしていきます。

「仏教とわたし」とは、様々な分野で活動中のゲストをお迎えし、仏教との関係性や、仏教に対する考え、思い等をお伺いした記事です。今回磨塼寺では、以前配信した記事に新たに一照さんが一口コメントをつけて配信します。

以前読んだ方も、今回から読まれる方も、皆さん新たにお楽しみください。読まれた方は、コメントにてぜひ感想を聞かせてください。

第5回目は、(株)umari コンセプトデザイナー、木戸 寛孝さんです。

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木戸 寛孝さん(株)umari コンセプトデザイナー


私はつい先日の9月22日に47歳になりましたが、20歳の頃からアウトドアレイヴやCLUBのような遊びの場を通じてサイケデリクスやスピリチュアルな世界に関心を持ち始め、そこからニューエイジ的な世界観にも触れるようになり、25歳の頃になると古事記などの文献を読みあさりながら神話や神社にも興味をもって日本中の今で言うパワースポット(神社や磐座など)を巡る旅をしていました。つまり、こうした興味のスタートにおいて、自分は全くの無宗教者であり、無神論者だったわけです

けれども、信仰心とは程遠いながらも内から湧きあがってくる好奇心にかき立てられながら、気がつけば大学卒業後に入社した会社にも意味を見いだせなくなり4年間で辞めてしまい(27歳の頃)、それから約20年の歳月が過ぎましたが、ある意味で右往左往、良し悪し交ぜながらも、その何かを求める思いだけで人生を歩んできて今に至ります。


そのような時間を過ごす中、自分の人生において決定的なインパクトを受けた世界観との出会いが26歳の頃にあり、それが「世界は全て【音】のコードでできていて、しかもその音は言葉の音とパラフレーズされている」という『コトタマ』という宇宙観でした。

この「音」との出会いが、これまでの自分とそれからの自分との間に決定的な変化をもたらし、この「音」を求め、この「音」に導かれることで遭遇した出会いや出来事によって、現在の自分の人生はかたどられています。

この「音」の世界観は、ある程度成熟した宗教の背後にある学問的体系に共通して横たわっているように思います。日本の神道ですとそれが「言霊」であり、ヘブライ系の宗教であればヘブライ語の音の宇宙観「カバラ」があったりします。

仏教の場合は、サンスクリット語である梵字の音の宇宙観が「密教」として存在し、この音と向き合うことを「観音」と称したり、また音と向き合う人を「観世音菩薩」と表現したりもしますが、意外に日本人には馴染みのある言葉だったりもします。

こうした「言葉の音の宇宙観」を自分なりに簡単に説明してみたいと思います。

私たちの現実世界は縦・横・高さのある「3次元空間」(ドットとしての点で取り出せる世界)と、常に過去から未来へと可逆することなく流れる(時計回りの)「4次元としての時間」によって織りなされています。

けれども、この「現象世界」の背後にはポテンシャルとしての「潜象(せんしょう)世界」が先立って存在し、その世界は音のバイブレーションによってコード化され、また時間の流れも必ずしも時計回りの一定方向とは限らないとされます。


例えば、仏教で最もポピュラーなお経のひとつに「般若心経」がありますが、その中に「色即是空」「空即是色」という有名な一節があります。この「色」(しき)と分類される領域が「ドット」(点)として目に見える三次元空間のことであり、一方で「空」(くう)という領域は「音」で観じることのできる領域のことで、この一見別々な二つの異なる「色と空」の世界を、解像度を上げることで自在に認識できるようになった者を「観自在菩薩」として表現したのではないでしょうか。

また、真言密教の開祖・空海は「阿」(ア)という音を特に重視し、その音を観じる瞑想法(阿字観瞑想)によって、この世(金剛界)からあの世(胎蔵界)へとアクセスすることが可能となり、その実践者を「虚空蔵菩薩」と称しました。


もちろん、こうした領域世界を現代物理学は未だ証明してはいませんので、内容の根拠は古代から受け継がれてきた教えや経典、もしくは修行による実践に拠るものであることから、現時点では科学的とは言えません。

けれども、素粒子物理学や神経工学が発展していく過程の中で、この「音の世界」と近代学問が積み上げてきた世界とが、そう遠くない未来において出会う(結びつく)ことになると私はみています。

それにより密教や神智学として一般的には秘められてきた「音の世界」が、誰に対しても開かれた世界へと浮上し、その新たな世界認識が人々の意識変容を根底から促し、次の時代に相応しい文化・文明を創造していく原動力となっていくと思っています。

また、これまでの世界観においては分断・分裂してきたものに対しても、新たな世界認識によって共通基盤が与えられ、世界の平和にも大きく寄与していくと私は信じています。


「世界」とは何か…?世界を認識している「自分」とは何か…?

ライフスタイルや社会制度といった表層的な変化も重要なことですが、もっと根本的な「実存に対する認識」のあり方そのものが大きく変容することが、この時代の変化の大きな特徴と私はみています。

自然と人類、グローバルとドメスティック、都市と地方、ライフとワークなど、分断されていた境界線を越境し相互作用させていくことが創造の原動力と思いますが、21世紀最大のチャレンジは「現象世界と潜象世界」、「精神世界と物質世界」とを相互作用させていくことで新たなビジョンを創造し、それにより社会に世界の平和を築いていくことだと思います。

そのことに微力ながらも寄与することができたら本望です。

 

《藤田一照 一口コメント》

昨年の2月、木戸寛孝さんが理事長をしているNPO法人世界連邦21世紀フォーラム主催ピースビレッジ講座第50回で「『所有のモード』から『存在のモード』へ」というテーマでお話をさせていただいたことがあります。

そのとき、こういう要旨文を木戸さんに送りました。

……「所有のモードhaving」と「存在beingのモード」は二つの「生きる態度」である。

「所有」の次元では何かを自分の所有物として占有することが最優先事項になっている。

そして、物や人、もっと抽象的なもの(知識や権力など)、それらを量的に豊かに所有すればするほど、幸福度が増すとされる。

「わたしとはわたしが持っているもののことである」がこの次元における基本原則である。

しかし、所有物を増すことへの没頭は必然的にその当人に不安、疎外感、孤独、空虚感をもたらす。

失うことを恐れることなく、安心して所有することができるものなどこの無常の世には存在しないからである。

また所有は所有者(主体)と所有物(客体)との溝を生み出すので、所有物に重きを置けば置くほど所有者の「存在」は空虚で皮相的になっていかざるを得ない。

これに対するオルターナティブな道が「存在のモード」である。前者から後者へのモードの転換について、仏教の立場から論じてみたい。……


紛争や対立を生み出しているのと同じパラダイムの中で、それらの解決をはかろうとするのではなく、その問題の根っこにある大前提を問い直すというラディカルなアプローチがそろそろ必要な時が来ている、という点で、木戸さんと僕は共通の土俵に立っていると思っています。

形なき潜象世界から形ある現象世界がその都度の条件を通して立ち現われてくるところ、未知と既知の間(あわい)に佇むということの積極的な意味を、現代に投げかけるその具体的なやり方やアプローチ法は、僕と木戸さんでは異なっています。

僕は個人の方から、木戸さんはもっと大きな社会の方から、迫ろうとしているのですが、その違い故にお互いに学び合って行けるはずです。

木戸さんが、ここで書かれているような視座から、今後どのような活動を展開されていくのか、大きな関心と期待をもって見守っていきたいと思います。


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木戸 寛孝…国際NGO世界連邦運動協会 常務理事。
1969年生まれ。慶応大学法学部卒後、(株)電通に入社。
電通を退社後、1999年10月から2003年3月まで千葉県香取市で農業に従事。
2003年11月から、国際NGO・WorldFederalist Movement of Japanの事務局長として、2002年オランダ・ハーグに常設された国際刑事裁判所(ICC)に日本政府が加盟するためのロビー活動において中心的役割を果たした。
2006年からはコンセプターとして株式会社umariに参画し、コミュニティー事業(丸の内朝大学、六本木農園)、地域活性事業(三重県、島根県、宮崎県と神社を活用した地域交流プロジェクト)、東北震災復興事業(東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト、福島大学・ふくしま復興塾)におけるコンセプトワークや講師を担う。
明治維新の元勲・木戸孝允の直系6代目。
http://sun-media.jp/member/kido

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