【坐禅講義50】第三講:内からの助け
藤田 一照 藤田 一照
2018/02/16 07:06

【坐禅講義50】第三講:内からの助け

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【坐禅講義49】第三講:坐の環境を整える

さて今度は、自分にとっては外からくる助けの話から今度は内側からくる助けの話に移りましょう。

坐禅の姿勢に関して内側からの助けとしては、まず人間の骨格の堅牢さをあげたいと思います。

内骨格といわれるように、われわれはからだの芯に固い骨格を持っています。

外骨格の生きものでは、骨は外部環境から生体を保護する鎧のような役割をしていますが、内骨格の骨は主にからだを支持する、文字通り骨組みの役割を果たしています。

この写真はわたしが坐禅の説明のときにしばしば用いる骨格標本ですが、ご覧のようにきちんとバランスが取れていれば筋肉がなくても骨だけで支えなしに立派に坐ることができます。

ですから、筋肉を緊張させて突っかい棒や引っ張り綱にして正身端坐の姿勢を維持するのではなく、筋肉をリラックスさせて運動器ではなく鋭敏な感覚器として使い、骨の堅固さの助けを借りて、重力とのバランス取ることで坐れるような工夫をするべきなのです。

筋肉がほぐれればほぐれるほど固い骨の頼りがいのようなものをありありと感じることができるようになります。


さらに、内臓も重要な姿勢の支えとなってくれています。

それぞれの内臓は空気がはいった風船のように内側から内圧を持ってあるかたちに膨らんでいます。

トーヌスと呼ばれるこうした一定の張りを持った様々な臓器がからだの内部にぎっしりと収められ、主に胴体の前面部をある一定の形状に保ち、支えているのです。

ですから何らかの病気で臓器を切除したり、臓器の内圧が下がって、その部分にあった「張りを持った内臓=膨らんだ風船」の支えがなくなるとそこの空間がつぶれてしまい、以前のように姿勢のバランスを保つことが難しくなるそうです。

意識のあずかり知らぬところで沈黙のうちに生命維持の活動をしている肺、心臓、胃、すい臓、肝臓や腸などの臓器はそれらがそこに健全に存在していることで、姿勢を内側から支えているということです。

胴体を取り巻く筋肉から余計な緊張がほどけた状態で坐っていると、胴体のなかに膨らんだ風船がたくさん詰まっていて、その張りのおかげで上体がずいぶん楽に立ち上がることができていることをありありと感じられるようになります。


内臓といえば、比較解剖学者の三木成夫氏によると、人間のからだは体壁系(外皮系・神経系・筋肉系)と内臓系(腸管系・血管系・腎管)に分類できるのだそうです。

前者は感覚・伝達・運動をつかさどるので「動物機能」を営むとされます。

一方、後者は呼吸・循環・排出をつかさどるので「植物機能」を営むとされます。

この分類を念頭において坐禅を見ると、おもしろいことが見えてきます。

坐禅においては、皮膚や筋肉の余分な緊張やこわばりをほどき体壁系をできるかぎり休めて、そのことによって内臓系が本来のリズムと働きを取り戻せるような状態になっています。

つまり坐禅は普段の生活活動のように体壁系優先ではなく、内臓系優先なのです。

三木氏は「生命の主人公は、あくまでも食と性を営む内臓系で、感覚と運動にたずさわる体壁系は、文字通り手足にすぎない。

つまり内臓系が本で、体壁系は末という本末の関係にある。ところがわれわれの日常を振り返ってみると、目につきやすい体壁系にばかり注意が注がれ、内臓系はおろそかにされている。

まさに本末転倒である」(『内臓のはたらきと子どもの心』 築地書館)と語り、「はらわたの見直し=内臓の復興」をはかるべきだと主張しています。

とすると、坐禅はまさにここで言われている「内臓の復興」を実現させている営みであり、いのちのあり方としては本末転倒である普段の状態をひっくり返して正しいいのちの本末関係に戻すことなのです。

余談になりますが、坐禅と脳の関係は脳波計、MRI、PETといった様々な脳の活動の測定装置を使って盛んに研究されています。

それは実は坐禅においては「末」の部分を研究しているということになります。

ですから、坐禅にとって「本」である内臓に注目した研究がもっと真剣になされる必要があります。

つまり、坐禅のときに内臓にはどういうことが起きているのか、どのような内臓の働きが坐禅を支えているのかといったことが科学的に明らかにされなければならないのです。

内臓から坐禅を見直すということです。

 藤田一照著「現代坐禅講義」より一部抜粋(P.240~P.243)より一部抜粋

 
《藤田一照 一口コメント》
先日、スピエネット連続フォーラムという集まりで講演をしました。
 
癌の心理療法であるサイモントン療法の川畑のぶこさんの「がんの臨床における瞑想の役割」というお話の後、「坐禅~内臓系の聲に耳を澄ます~」という話をしました。
 
この連続フォーラムのテーマが「瞑想と祈り」というものでしたから、坐禅のユニークさの一面として、三木成夫さんの「体壁系・内臓系」の論とリンクさせる試みでした。
 
その後、ボディワーカの小笠原和葉さんを交えて三人でディスカッションをしました。
 
坐禅と内臓というテーマは、今回のこの引用部分を書いて以来、参究の手が止まっていた感がありますが、最近また興味がよみがえってきました。
 
一つのきっかけはNHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」という番組でした。
 
そこでは内臓同士がお互いに連絡を取り合って一つのネットワークを形成しているということが取り上げられていたからです。
 
脳とは別な情報処理が内臓で行われているということは、東洋医学では昔から感得されていて、「腹脳(ふくのう)」という第二の脳の呼び名さえ造語されています。
 
僕が坐禅をするきっかけを与えてくださった漢方医の伊藤真愚先生は「大脳は二十歳くらいでピークを迎え、後は衰えていくだけだが、東洋医学では下腹に腹脳があって、それはずっと発達させていけるとしている。
 
坐禅はまさにそれをやっているんだ」とおっしゃっていました。
 
過度にアタマの働きが優勢になっている状態で生きているわれわれは、自覚的に内臓の存在と働きに思いを馳せる必要があるようです。

 

 

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