【対談】佐々木俊尚×藤田一照②|変化する人間のあり方―「小さな力の相互作用」と「時間感覚の変化」
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2017/11/16 07:00

【対談】佐々木俊尚×藤田一照②|変化する人間のあり方―「小さな力の相互作用」と「時間感覚の変化」

前編の佐々木俊尚さんとの対談では、震災をきっかけに暮らしのあり方を大きく変えたお話しを伺いました。新しい生き方をする人々と活動を共にする佐々木さんが観る今の世の中は、一体どのように変化しようとしているのか?テクノロジーがもたら変化について、組織のあり方の変化や、人間の時間間隔の変化など、お話しはより高い次元へと展開していきます。

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1. 記録が消せない時代

 

佐々木 俊尚(以下、佐々木) フリーになったのは2002〜3年くらい。ますます透明化が進んでいくだろうと思っていました。それこそ、今から10年経たないうちに、我々が見ているものや聞いているものは24時間365日アーカイブされていくっていうことが起きてくるでしょうから。そうなると、我々の生活のすべてが記録されますね。コミュニケーションもすべて残る。そういう時代が来るんじゃないかな。アメリカに、ビクター・マイヤー・ショーンベルガーというデータ科学者・AIの研究者がいるんですけど、彼が2011年に『Delete(デリート)』っていう本を書きました。

藤田 一照(以下、一照) デリートって「削除する」という意味ですね。記録を削除する?

佐々木 日本語訳は出てないんですけど、これがすごく面白くて。人類の歴史は記録する歴史だった。文字の発明もそうだし、言葉の発明もそうだし。要するに、短期記憶でどんどん消えていくものをいかに長期記憶に固定するか、その補助として文字や石板や書籍や様々なものを発明していく。そこにエネルギーをたくさん注ぎこんできた。ところが、インターネット時代になってなにが起きているかというと、記録する価値がほぼゼロに近づいている。記録するコスト、つまりサーバー代がスマホくらいだったら…。

一照 将来はそんなに安くなっていくんですか?

佐々木 カセットテープだったら1本500円ぐらいですけど、それすらないわけですから、もう全然価値がないわけですよ。それどころか記録することは難しくなってしまった。削除することも難しくなってしまった。記録が消せない時代と、記録することに熱中してきた時代っていうのは、人類に大きな変化を与えるんじゃないかっていうのが彼の考えなので。

一照 僕なんか、そうやって人に言われてみないとそういう問題のありか自体が自覚できないですけど、でも言われてみるとなるほどそうだろうなっていう感じですね。

佐々木 彼はわりにそこをネガティブに書いていて。一つ例をあげると、忘れることによって、我々は人生をうまく円滑にまわしているだろうと。たとえば、もう5年も前に別れた彼女と彼がいて、彼から5年ぶりに突然連絡が来た。ふとなんで別れたんだろうって考えると、すごいいい男だったし、別れる必要はなかった、もう一回よりをもどしてもいいんじゃないかと思う。よくある話ですよね。あんなにいい男だったんだからもったいないと思って、ふとGmailの昔のやりとりを検索してすると、すぐでてくるじゃないですか。見てみたら、最後の方の別れる直前の罵りのやりとりがでてきて、それを読んでたらまた腹が立ってきた。そういうことが起きちゃう。それがもしGmailがなければ、あー、あの人はいい人だったよねってなった。

一照 記録があるのとないのとでは、確かにその後の展開が全然違ってきますよね。情報技術の進展で、記録に関して今までにないシチュエーションになってきてるんですね。

佐々木 そういうテクノロジーによって、大きな変化って起きるんじゃないかって。それは僕個人としては非常に重要なテーマなんですよね。





2. ヒエラルキーからフォーメーションへ

 

一照 もしそういう、静かだけど壮大なスケールで、変化がゆっくりとか急激にかいずれにしても、身のまわりで起きているとすれば、宗教なりスピリチュアリティなりも、それに即して変化していかなきゃいけないわけですよね。

佐々木 そうなんです。「攻殻機動隊」ってアニメがあるじゃないですか。あれのハリウッド版が今年出て、最近観たんです。

一照 それってスカーレット・ヨハンソンの出てくる実写版みたいなやつですよね。それはまだ観てないですけど、僕は昔アニメでみました。「ゴースト・イン・ザ・シェル」。アメリカにいるとき、僕の周囲では結構話題になっていました。テーマが哲学的だって。

佐々木 1995年と2004年に続編が作られて、押井守監督はその二本を作った。今回2016年は実写版。その3つを比較するっていう文章をこないだ書いてみたんですけど、同じシチュエーションの話が3つともでてきていて。95年の作品には、人間って記憶だよねって。記憶を失われた人間はもはや人間じゃないみたいな、そんな感じのニュアンスがあるんです。今回のスカーレット・ヨハンソンの実写版は、記憶が偽であっても構わないと。我々は記憶によって生きているんじゃなくて、今どんな行動を取るかによって生きていくんだ、みたいなメッセージに変わっているんですよね。これは結構大きいなと思って。映画評論家によっては、ハリウッドだからそんな映画になったんだと言っている人もいるんだけど、僕はどっちかっていうと、ハリウッドか日本かっていうよりは、この20年間の変化だと思って。

一照 その変化って、時代精神というかエートス(※1)みたいなものの変化ということですか?

佐々木 そうなんですよね。実は違いがあるんではないかなと。

一照 ヒットした映画「君の名は。」もその文脈で論じることはできませんかね。

佐々木 あれもそうですよね。絶対に出会わない二人が出会ったいとおしさみたいな。現実にならない。

一照 そうなんですよ、理屈からいったら絶対あるはずがない出会いなんですよ。今日はその話しがたぶん出るんじゃないかなって思っていました。僕が先に言っちゃったけど。

佐々木 「ゴースト・イン・ザ・シェル」も「君の名は。」も、共通しているのは、ある種の相互作用のいとおしさみたいなものに帰結しているんじゃないのかなって。もう少し歴史的にみると、たとえば産業革命以降の19世紀終わりから20世紀はじめ、特に2つの大戦を挟んだ時期の人類社会の特徴って巨大化だったと思うんですよね。戦争を遂行するために政府の力を強くしなきゃいけないし、そのために企業も合併させなければいけない。だから日本でも大企業が次々生まれるという、巨大なものの時代だったと。去年か一昨年翻訳が出た本で、「巨大さがなくなっていく時代じゃないか」っていう指摘をしているアメリカ人がいて、要するに今の時代はどんどんパワーが小さくなるようだと。複数の小さなパワーの集合体で、それで社会が動いていく時代にだんだん変わりつつあるんじゃないかと。それは今のテクノロジーの変化とか、人間社会の歴史の変化とか、照らし合わせると非常に正鵠(せいこく)を射ているなという感じがしていて。つまり今後は、巨大な力とどう戦うかということではなくて、いかにその小さなパワー同士の相互作用を円滑にうまく行うかっていうことの方が、社会として重要になってきているんじゃないかな。そういう変化とテクノロジーによって、小さなパワーがいくらでも動けるように支えるという状況が起きてきている。全体としてそういう流れなんじゃないかな。

一照 昔のような一極集中というか、大きな組織をトップダウンでカリスマ的なリーダーが動かすっていうイメージじゃないんですね、力のイメージの仕方が。

佐々木 ヒエラルキーからフォーメーションへ、みたいなイメージをしています。ヒエラルキーって固定的な階層に当てはめるっていう感じではなくて、アメフトとかサッカーみたいに、パスをだしながらざっくりとしたフォーメーションを描くみたいな形にどんどん変わっていく。そういう感じじゃないかと思うんですよね。

一照 組織論からしてもそういうシフトみたいなものが起きつつあるわけですね。ビジネスの世界でホロクラシーっていう、これまででは聞きなれない言葉が使われるようになっています。ヒエラルキーではなくてホロクラシー。

佐々木 そうなんです。全体的には入れ子状になっていて、それをホロクラシーという。ホロンとビューロクラシーをまぜた言葉だと思うんですけど。

一照 でも、かなりそこに所属する人の意識そのものが変わっていかないと、ヒエラルキー的なマインドセットを持っている人が形だけホロクラシーの真似をやっても動きようがないのではないですか。

佐々木 日本の大企業で30年働いてきたような人じゃうまくいかない。ただ現状ではアメリカでは若い企業、有名なところでいうとAirbnbとか、そういうところはホロクラシーを採用してますよね。さっきのエコヴィレッジは、その流れの中で続けるとなんとなくわかる。

一照 エコヴィレッジと企業組織論とで、面白いようにパラレルな関係になってますもんね。

佐々木 相互作用で、自分の居場所を作っていくっていうような感覚。だからそのなかでヒエラルキーはつくらないっていうことに。むしろそのホロクラシー的なライフスタイルになっちゃう。



3. 時系列という時間間隔の消滅

一照 佐々木さんはそういう大きな流れで世の中を見ているんですね。さっきうかがっていた時に、「今、大きな潮目が来ている」というお話が出てきましたけど、具体的にはどういうことなんでしょう?

佐々木 一つの流れはさっきもお話しした、巨大な力から小さな力への相互作用みたいなところだし、もう一つは時系列の時間感覚がだんだん消滅してきて、その瞬間相互作用に変わっていくんじゃないかっていうのが最近非常によく考えていて。たとえば映画でいうと、昔は時系列で一本の流れだった。81年に制作された『ガンジー』っていう映画はものすごい長くて、ただひたすらガンジーの一生を追いかける。当時見たら感動したと思うんですけど、今見ると辛いよね(笑)。2000年代に入ってからアメリカのアカデミー賞や作品賞をとっている作品に顕著なのは、群像劇がやたらと多い。

一照 主人公が一人のヒーローであとはわき役、そしてヒーローを時系列的にずーっと追いかけていくというのではなくて、複数の物語を並列的にということですか。

佐々木 今多いのは、長いライフスパンで一本のタイムラインじゃなくて、複数のタイムラインで短いライフスパンです。私の好きな作家で、ゼイディー・スミスって女性作家がいるんですけど、彼女が言っていることであっと思ったのは、最近の読者はもはや主人公の成長とか全く気にしてない。そうじゃなくて、今この世界がどういう成り立ちかっていうことを解明してくれる本を求めているんだっていうようなことを言っている。村上春樹とかそうですよね。成長とかそういうのではなくて、実は世界の裏側にはこういうものがあって、この世界を解明してみせるもの。

一照 それは時代のなにかを反映しているんですかね? それを監督さんたちが鋭敏に感じ取って表現している?。

佐々木 なんとなくその時系列の重要性がだんだん消滅してくるというか。もともと近代以前の歴史観って、あんまり過去と未来って、長い過去と短い過去って区別してなかったじゃないですか。見田宗介さんの『時間の比較社会学』に書いてあったんですけど、中世の人に「あなたのおじいさんがいつ死にましたか」ってきいたら、田植えの時とかって答えて、何年何月とは言わないと書いてあって。たぶん、1年っていう四季のなかだけで歴史というか、時間感覚が完結していたんじゃないかな。古代までいくと昼と夜とかね。そんな程度しかない。農耕の発明で四季に変わった。それが長らく続いていたんだけど、歴史を学ぶっていう近代以降の我々の教育のなかで初めて、実は人類の歴史は古代から始まって未来に続いていくんだよってなった。

一照 歴史年表的な時間感覚みたいなものが、ある時以降だんだん出来上がっていったと。それに今変化が起きているというわけですか。

佐々木 そういうのを考えると、近代の直線的な時間感覚のなかでいうと、西暦何年に生まれて何年に死ぬっていう非常に明快な時間感覚をもっているんですけど、そうじゃない、ある種中世的な時間感覚に回帰していく可能性はあるんじゃないかな。近代の終わりとか、成長への期待の消滅とか、いろいろなものが相まってだと思うんですけどね。インターネットのテクノロジーって、そこをすごい支えているところ。たとえばリアルタイム感がすごいじゃないですか。スマホ出せばなんでもすぐ手に入る。あのすぐ感っていうのが結構リアルタイム的な感覚を支えているところってあるんじゃないのかな。

一照 僕らの持ってる今の時間感覚って、待つっていうことがあって初めて生まれてくるような時間感覚だと思うんですよ。これを始めてからできあがるまで待つ、みたいな。でもそうじゃなくて、待たなくても今すぐできるのなら、当然、時間の感覚が変わってきますよね。

佐々木 中目黒にwaltzというカセット屋さんができて話題になってて、この前行ってきたんですよ。なんで今ごろカセットなんですかってきいたら、「すごいミュージシャンとか、海外のお客さんがいっぱい来て、みんなカセット好きなんですよね」って。

一照 今はスマホだから面倒な操作がほとんどいらない。でも、カセットなら、カチャっと開けて、独特の音もしますからね。開けて、入れて、閉めて、ボタン押して、…といろいろ手順を踏まなきゃならない。ほんの少し前まではそうだったのに、もう懐かしい感じですね。

佐々木 手続きがあるじゃないですか。音を聞くための。その手続きがいとおしい。最近、スマートスピーカーっていうのもでてきて、音声で命令するだけで音楽がかかる。もはやボタンを押さないっていうね。

一照 そういうのがあっても、すまないものを感じているんですね。

佐々木 そうですね。完全なる時系列の消滅と、それに対する微妙な切なさみたいなものが我々にはあるんじゃないのかな。

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「テクノロジーの進化により、ヒエラルキーからフォーメーションへと、共同体や組織の変化が起きている。そして、フォーメーションが備える「相互作用」とは、時系列という「時間間隔の変化」までもたらすのでは」と、佐々木さん個人の変化のお話しから、人間にもたらされるであろう変化へと壮大に展開していきました。

このような、変化する「生き方」の話しをテーマに、佐々木さんご本人をゲストにお迎えしたトークイベントを開催いたします。

「人生の初期設定~「わたしたちの生き方」の話をしよう~」
・開催日:2017年12月2日(日)18:30〜(受付18:00〜)
・開催場所:亀戸文化センター
・参加費:3,500円(U29/磨塼寺会員:2,500円)
・お申込み:
http://peatix.com/event/315059

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(※1)エートス:生活様式や生活態度。

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藤田一照主宰のオンライン禅コミュニティ「磨塼寺(ませんじ)」の詳細はこちら
https://masenji.com/about
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佐々木俊尚

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