【対談】佐々木俊尚×藤田一照①|変化する暮らしのあり方ーバイオ・ジャーナリズム的にみる共同体
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2017/11/14 17:27

【対談】佐々木俊尚×藤田一照①|変化する暮らしのあり方ーバイオ・ジャーナリズム的にみる共同体

ジャーナリストや作家など、一つの肩書にとらわれない働き方をされている佐々木俊尚さん。生活においては、東日本大震災をきっかけに3拠点生活をされています。佐々木さんの仕事や暮らしのスタイルがどのように変化していったのか、磨塼寺(ませんじ)を主宰する藤田一照が伺います。
話しはまず、地方を中心に増えているエコビレッジが、何をきっかけにどう変化しているかについてから、始まります。




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1. 自給自足じゃない、相互作用する共同体―ソーシャル・ヒッピー

佐々木 俊尚(以下、佐々木) きっかけは震災なんですよね。良い悪いは別にして、放射能に不安を感じて南に行った人たちがそこで新しい村を作るみたいな動きになって。

藤田 一照(以下、藤田) そうですか。あの震災がきっかけですか。

佐々木 そうですね。「サイハテ」という熊本にあるエコビレッジも、震災の年の11月に作られたんですよね。そこに今27人ぐらい暮らして、子供は10人ぐらいいるのかな。

一照 おー、それはもう村といってもいいくらいのサイズです。

佐々木 彼らの新しいところは、70年代のヒッピーコミュニティーと違って、完全にインターネットを使い倒している。Facebookとかすごい使ってますよ。なにかやるときはイベント立てて、グループも作って、メッセンジャーもやって。

一照 それにしても、彼らはどうやって生計を立てているんですか?

佐々木 概ね、東京や福岡で仕事をやっています。いろんな仕事してて、ウェブデザイナーや建築家もいれば、大工さんもいる。都会で仕事して、週末などに戻って、村で暮らすみたいな。

一照 はーはー、なるほど。アメリカ時代の僕のような感じ(笑)

佐々木 最近「パーマカルチャー」ってすごい流行ってて。共同体の村を作りますよね、そしたらどうやって維持するのかをデザインしなきゃいけない。それを「パーマカルチャーデザイン」って言います。

かつてそれは自給自足だったんですけど、今は自給自足じゃなくて、いかに外部と相互作用するかになっていますね。たとえば、近隣の農家から米をもらい、代わりに労働力を提供するとか。そういう外部の共同体とも接続しながら相互作用を作ることによって、パーマカルチャーという持続性のあるカルチャーを作る考え方に、どんどん変わってきているんですよね。

一照 それは、今までに無い形態ですよね。周りとうまい相互作用をはかりながら維持していこうというのは。

佐々木 そうなんです。昔のいわゆる都会を逃れて隠転生活っていうヒッピーコミューンとは全然違う、新しい形のヒッピーっていうか。僕は「ソーシャルヒッピー」と勝手に呼んでいます。彼らもだんだんこの用語を自分たちで使うようになってきています。

一照 ソーシャルヒッピーという新造語を作ったのは佐々木さんというわけですか。かつてのヒッピーたちのように社会に反逆して背中を向けるのではないんですね。

佐々木 そうではなくて、一緒にやってくってことですよね。九州の新聞でもよく紹介されるんですけど、「自給自足の」って書かれる。

一照 やっぱり昔のイメージで捉えられているんですね。それとは違うってところがなかなか理解されない。

佐々木 彼らは自給自足じゃないって言うんですよね。「人間には欲望があるじゃないか、本も読みたいし、映画もみたいし、時には女の子ともデートしたいし」と言っていて。そうすると、自給自足で米作りだけになったら逆に不健康だみたいな。米なんて周りでいくらでも作ってるんだからそれをもらえばいいじゃないかって。こういう柔軟な自由な考え方が彼らの特徴なのかな。

一照 第一期のヒッピーコミュニティーの頃は、私有財産なしで、全ての共有財産は全部共有にするとか、下着まで共有するみたいなのがあったけど、そういうのではないんですか?

佐々木 そういう感じではないですね。「サイハテ」の場合は、今年42歳になるシンクって男が中心人物になって最初に作ったんですけど、子連れで奥さんもいて。彼のモットーは「お好きにどうぞ」。ルールを作らないのがこのコミュニティーのルールみたいな言い方でした。なんでも勝手にやってくれっていう。なかなか面白いんですよね。





2. 社会運動化しつつある、ゆるやかな共同体


一照 やっぱり人が一緒に住んでいたらいろいろなことが起こるでしょうが、共同生活をうまくやれる、度量のある人たちでやっているからうまくいっているんですか?

佐々木 出入りが多いんですね。ちゃんとゲストハウスも用意していて。もちろん住んでいる人間には出て行くのもいるので。そうすると、あるていど新陳代謝が起きて固定化しないところがあります。

昔と違って情報がネットで流通しやすいので、今いる人が実際そこにいるとわかることが、たぶん新陳代謝の一つの理由になっています。『そして、暮らしは共同体になる』って本を去年書いて、その中でも紹介しています。

一照 彼らを調査したようなことも書籍になっているんですか。その本、ぜひ読ませてもらいます。

佐々木 家具デザイナーとか大工さんとか、今のところわりと専門職の人が集まっているから成立しているけど、彼らが言ってることで面白いのは、企業で普通の営業マンやっている人がいきなり「サイハテ」に来たって、米作りもできないし家具も作れないし、何もできないのが来たら困るんじゃないって聞いたら、「そんなことありません」と。「最初からやることなんて決める必要ないじゃん。だから、来てなんか手伝いの仕事ありますか、家具作る時に道具とってくるとか、農作業の時草取りするとか。そういうことを半年くらいやっていれば自分の適性が見えてくるので、そっから決めればいいじゃないか。サラリーマンでも全然ウチとしてありですよ」って。

一照 すごく柔軟な受け入れ方っていうか、考え方ですよね。メンバーになるための条件はあるんですか?

佐々木 特にないと思います。

一照 最低限、みんなが許せばOKぐらい?

佐々木 たぶんそうだと思います。60代の大工さんもいますしね。

一照 年齢制限も別にない?

佐々木 ないですね。

一照 家族として入ってもいいし、個人で入ってもいい?

佐々木 両方もありですよね。今まではそれが点でしかなくて、あちこちにそういう人たちが点在していたんですけど、全くお互い連絡取れないのもおかしいよねって。メキシコで、馬に乗って旅して暮らすというホースキャラバンっていう運動があるんですけど、それに参加していたコイタニ君という男と、彼と「サイハテ」のシンクが中心になって新しいプロジェクト始めて、この夏に全国のエコビレッジを訪問しました。それを全部まとめてポータルサイトみたいに紹介するそうです。こうした横断的なつながりを作るところまで来ていて、だんだんムーブメントや社会運動化してきています。

一照 昔みたいに旗振って、拡声器でどなって、ビラ配っていう運動の仕方じゃなくて。

佐々木 そうですね。政治とは全く無縁なんで。どうしたら柔軟に生きられるかっていうことが大事ですね。主義主張っていう文化とは違うので。

一照 運営もわりと民主的ですよね。カリスマ的なリーダーはいないんですか?

佐々木 いないんですよね。あちこち見に行ってるんですけど、テキトーですよね、本当に。

一照 そういう、テキトーなところっていいですね。

佐々木 不思議なところがいっぱいあって。ハコネエコビレッジっていう所があるんですけど、箱根湯本の二つぐらい先の登山電車の駅から山道歩かなきゃいけない所にあります。車じゃ入れないんですよね。そこに民家が三軒ぐらい立っていて、住めないんですよ、車が入れないから。だから村民っていう制度を作っていて、年に3万円払うと村民になれて、勝手に使っていい。週末に行くと誰かしらいてなにかしている。

一照 管理人さんがいるわけではない?

佐々木 そうではなさそうですね。テキトーですよね。以前そこでトークをやってくれって頼まれて。とりあえず週末に行ってみたら、駅降りたらどう行ってみたらいいのか分からなくて。そしたら山から知り合いが降りてきてこっちだっていうから山道を20分ぐらい登ると、忽然と煙が登っている不思議な古民家があってですね。そこによくわからない人たちが15人ぐらいいたんで、その前でなんとなく喋るみたいな。





3. 自分自身をジャーナリズムする―バイオ・ジャーナリズム


一照 佐々木さんがジャーナリストとして、「くんくん面白い匂いがするぞ」みたいな感じで、面白いと思っているジャンルの一つはそういうやつですか?

佐々木 そうですね。ジャーナリズムのあり方もいろいろあっていいんで。普通の新聞ジャーナリズムを否定するわけじゃないんですけど。個人的には震災の後にすごく考えるところがあって。

一照 震災って東日本大震災のことですか?

佐々木 そうですね。結局震災の後に被災地とか行くわけですよ。行かないと人にあらずみたいな。ジャーナリストたるもの被災地に行っていないのは何事だみたいな空気感があって。行ったから偉いわけじゃないと思ったんですけど、とりあえず行くわけですよ。で、取材して帰って来るんですけど、こうすることの意味って本当にあるのかなって。

これだけTwitterやYouTubeなどが発達していると、時としては当事者が伝えるほうがよっぽど迫力もあるし、説得力もある。そこでわざわざ第三者のジャーナリストの目を通すってどうなのかなって。もちろん、客観的だとか分析的な視点だとかいろいろ言い訳はできるんですけど、そこに得も言われぬ無力感みたいなものをすごい感じるようになって。

じゃあ自分自身がフリーの個人ジャーナリストとしてどうやって仕事をするんだろうって考えた時に、もはや客観的第三者として他人を取材するっていうのも、あんまり意味ないんじゃないかなって個人的には考えて。自分自身が実践して書くほうがいいんじゃないか。自分自身に対するジャーナリズムみたいな。

一照 あー、はいはい。人を第三者的に取材するんじゃなくて、自分を一人称的に取材するような…。

佐々木 昔、ミシェル・フーコーが生政治って言ってたじゃないですか、「バイオ・ポリティックス」っていう。要するに、政治的な公共空間が私の空間を侵食してくるみたいな。彼はそれをネガティブな例として描いているし、そういう私と公の境界線がもっと揺らいで、逆に公の空間で生きていることを私が侵食していくっていうのも、実はアリなんじゃないかなっていう。

一照 ああ、私が公の方へと、逆の方向で侵食していくということですね。

佐々木 自分は自分だから。普通それはバイアスのかかった、主観的だと言われるんだけど、そのバイアスも織り込み済みで。僕はこういう目で個人がこの人間をやっているんだから、それが見た世界って別に主観ありきで見てもいいんじゃないかなって。それを、フーコーのバイオ・ポリティックスになぞらえて、「バイオジャーナリズム」って自分で呼んでいます。ヒッピーの話とかもそうですし。

あと最近住まいっていう暮らし方みたいなのもどうなるのかに相当興味があります。そこでミニマリストを取材して書くというのをやらなくて、自分がやる。今3拠点生活してますし。東京、長野、福井で。

あとは、自分で料理をしたり、ミニマリスト的な生活もしています。移動しながらあちこち転々としてヒッピーの連中として付き合うというより、完全に仲間とみたいなね。この前も南伊豆に行ってきたんですけど、一緒に草刈りやったりとかですね。そういうはまり方の世界の中で自分が見えてくるものを見て書くっていうのも、実はいいんじゃないかなって。

一照 カメラとメモをもって、外から取材するわけじゃないわけですよね。

佐々木 そうなんです。カメラも持ってないし、メモも取ってないですね。

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震災をきっかけに、ジャーナリストとしてのあり方や、暮らし方を大きく変え佐々木さん。対談は次回に続きます。

また、今回のお話しをよりリアルに、具体的にお伝えするべく、「生き方」をテーマにしたトークイベントを、佐々木俊尚さんをゲストにお迎えして開催いたします。

「人生の初期設定~「わたしたちの生き方」の話をしよう~」
・開催日:2017年12月2日(日)18:30〜(受付18:00〜)
・開催場所:亀戸文化センター
・参加費:3,500円(
U29/磨塼寺会員:2,500円)
・お申込み:
http://peatix.com/event/315059

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【対談】佐々木俊尚×藤田一照②|変化する人間のあり方―「小さな力の相互作用」と 「時間感覚の変化」

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佐々木 俊尚

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藤田 一照
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