永平寺から毎月発行されている時報『傘松(さんしょう)』の中にある一照さんの連載記事、『「只管打坐」雑考』に一口コメントをつけてお届けします。

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 「特定の何ものにも注意を向けていないが、同時にすべてに注意を向けているような状態」というような、いかにも禅的な(?)言い方をしたこともある。

いずれにせよ、坐禅のことをうまく言いきれているという気がしていなかった。

その後、ある縁でボストンのケンブリッジにあるケンブリッジ・インサイト・メディテーション・センター(CIMC)の指導者ラリー・ローゼンバーグ(Larry Rosenberg Breath by Breathという仏教的呼吸瞑想の名著の著者 邦訳『呼吸による癒し』春秋社刊)さんと知り合い、定期的にCIMCに坐禅指導と講義に行くようになった。

ラリーさんはれっきとしたヴィパッサナ―瞑想の指導者であるが、澤木興道老師や内山興正老師の「大フアン」(かれ自身がそういう表現をしていた)でその法系に属するわたしが同じマサチューセッツ州に住んでいることを知ってとてもうれしかったそうだ。

両老師の余徳のおかげをこうむって、わたしはありがたいことにかれから身に余る厚遇を受けることができた。

ある時かれとお茶を飲みながら、今論じている「何か特定のものに注意を向ける瞑想と、そういうことをしない坐禅」というテーマを話題にしたところ、はたと膝を打って「おお、実はわたしもそういうことをずっとテーマにしてきていてね。

前にも言ったようにわたしがシカゴ大学の社会心理学の教授をしていたときに、ジドゥ・クリシュナムルティに出会って、かれから『自分が実際にどう生きているかということに注意を向けなさい』と教えられた。

『実際に』というのは、自分がどう生きていると思っているかということでもないし、どう生きるべきかということでもない。

また両親からこう生きなさいと教えられたことでもない。

一瞬一瞬、自分がどう歩いているか、どう坐っているか、どう食べているかというその実際に気づいているということだ。

注意を向けるに値しないことなど何一つないのだ と教えられ、そういう純粋でオープンな気づきの状態でいるというのがまず最初のわたしの修行だったんだよ。

それはあなたがよくうちのセンターで言っているような、『メソッドがないというメソッド』とでも言うべき坐禅のやり方に近いものだった。

わたしはその簡素さに魅力を感じてその方向で修行を続けたのだが、当時のわたしにはやはりもっとしっかりとしたメソッドに随って基礎的な集中力を養う必要があると感じるようになった。

それで南方仏教系の瞑想を始めるようになり、結局それからの約三十年は呼吸に焦点を当てたメソッド的な瞑想法をずっとやってきたんだけど、自分の瞑想の中で呼吸の果たす役割がだんだん薄くなってきたんだ。

あたかも呼吸がわたしに向かって『ヘイ、ラリー、わたしはあなたをここまで連れてきた。わたしはいつだってあなたと一緒にいるよ。でも、あなたの気づきはもうそんなに悪くはないレベルだ。わたしなしでもただ気づいている状態でいられるようになっている。わたし(呼吸)にもはや意図的に注意を向けなくても充分やっていけるはずだ』と言っているような感じなんだよ。

だから今わたしが個人的な修行としてやっているのはクリシュナムルティが『チョイスレス・アウェアネス(choiceless awareness 無選択の気づき)』と呼んで重視していた実践なんだ。

注意を向けるべき特定の対象というものを持たず、現在の瞬間に起きてくることを一つも見捨てないようにして気づいているということ。

それはまさにわたしが最初期にやろうとしていた瞑想であり、特別な瞑想対象を持たないという点であなたのやっている只管打坐とほとんど同じなのではないだろうか。

長い年月を経て私は出発点にもどってきたんだ」と驚くようなことを口にしたのだ。

長年にわたって伝統的な呼吸瞑想(アナパーナ・サティ)を指導し、優れた呼吸瞑想の本を書いた人が、今はもう呼吸を手放して、南方仏教的な瞑想というよりはむしろ、大乗仏教の禅しかも曹洞禅の只管打坐に近いようなことをやっているというのだから。

こういう変化はそうなるようにとあらかじめ計画して起こしたものではなく、長年にわたって続けてきた呼吸瞑想の成熟、深まりから自然な帰結として起きてきたのだとかれは言っていた。

「自分が息を落した」のではなく「息が自分を落した」のだそうだ。

呼吸瞑想がある段階にまで深まってくると、意図的に注意を息に向け続けることがもはや余計事であり不必要にすら感じられるようになる時期が訪れるようだ。

これはわたしにはたいへん興味深い事実に思われた。

息への気づきが深まっていくと、息という対象そのものがいつしか落ちて、ピュアでオープンな気づきだけが残るということだからだ。

われわれの只管打坐は理屈の上では、長年の修行の結果そこに到るというのではなく、最初からその地点での修行を始めるのである。

次回もこのチョイスレス・アウェアネスという側面から坐禅の参究を続けることにする。 

『傘松』、『「只管打坐」雑考』より一部抜粋