2月16日(日)、大安寺ではじめてのDeath Cafe を行った様子を紹介します。

定員が12名。
磨塼寺の正会員が6名とメール会員1名、他はFacebook等で告知した主催者の友人知人が集まってくれました。参加者は20〜70代と幅広い年代。

当日のプログラムは、アイスブレイクのワークで和やかににぎやかにお互いを知り合ったあと、2グループに分かれて死についての対話のパートへ。

ここでは、トーキングスティック(アメリカ先住民が少人数で議論をおこなう際に使っていたツール。もっている人だけが話し、もっていない人は話さずに聴く)代わりのぬいぐるみを使いました。

デスカフェのガイドラインの一つ、「一人一人が自分の考えを表現できるようにすること」を実現するためのツールです。

「私にとっての死」をテーマに一人一人に語ってもらいましたが、個別的で多様な死のとらえ方と視点が提示されて、相互作用があちこちで生まれていたように感じます。

時間が足りなかった、もっと話したい、聴きたい、という意見が多かったのですが、他の人の話を聴いたことでそれぞれの方に感情や経験、思いなどがその場でたくさん浮かび上がってきたからかもしれません。

一人では見えない部分を、他者の視点で眺めてみることで少し視野が広く、または立体的になる、そんな時間になったのなら嬉しいです。

終了後は、「ほっこりした」「同窓会みたいで楽しかった」という言葉を頂きました。
重く暗いイメージである死について話す場でしたが、会を通してあったかい感じになればいいなあ、と願っていたのでほっとしています。

また何より印象的だったのは、プログラム終了後の皆さんの顔がイキイキと輝いていたことでした。不思議ですね。


皆さんの様子から私が感じたことは、

『死はみんなにとっての心のふるさと』みたいなものなのかなあ、ということでした。


対話の後に、「混乱している」「もやもやしてる」と話してくれた方もいましたが、ここで生まれた問いや違和感を持ち帰って日常を過ごしてみるプロセスが、どんな反応を起こすのか?ということにも興味をもっています。

次回、4月に開催を予定しています。
話し足りなかった方も、聴き足りなかった方も、ちょっと参加してみたくなった方も、お会いできることを楽しみにしています!